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2016年10月30日日曜日

その男は





小橋。

同い年の選手。



初めて会った時は小橋君と呼んでいたかな。


小橋 勇利という選手を知ったのは、自分が中学3年生の時。

自分が全日本選手権のU-17カテゴリーでボロボロに敗戦した時に

リザルトに自分より上に同い年の選手がいる。

誰だ?

コバシ ユウリ。

ホッカイドウの選手。

それが始まり。



その翌年は同じレースで自分は優勝し、小橋は3位。

その時はまだ話したことはなかった。

その後のジャパンカップのオープンのレース中に

「こんにちは、内野君。僕の事分かりますか?」と言ってきた。

「分かりますよ、小橋君でしょ?」

…なぜ敬語なんだ。


そのレースではまた小橋に負け、悔しい悔しいと。

レース後に再び敬語で話し、また今度のジュニアの合宿で会いましょうと別れた。

そこからは、合宿、レースと繰り返し会うようになり親睦を深めていった。

いつの間にか敬語は消えていた。



U-23のカテゴリーになってからは、お互いプロ選手になるという目標を持って

大学進学せず、ヨーロッパへ。

自分はエキップアサダという日本のチームでフランスへ、小橋は単身で

現地のチームで走る事を選びフランスへ渡った。

凄い奴だなと思っていたよ。自分には出来ない選択だった。



U-23 3年目では、ナショナルチームでの活動で一緒になり

所属のチームは違うが、1年の半分を同じ屋根の下で過ごした。

遠征ではほぼ、同部屋。

何を話したかな、8割くらい空想の話だったかな。



今年は自分がナショナルの遠征に行けなかったこともあって

会う機会は少なくなったけど、7月に板橋の居酒屋で一緒にお酒を飲んだ。

その時に、今年で辞めるという話を聞いた。

残念だと思った。もう一緒に走れなくなると思うと。


夏に、再びフランスで生活する事になったけど

同じレースを走る事はなかった。

最後に一緒のレースを走ったのは、去年の9月の

ヴェルタ カンタブリアになるのかな。

同じ集団でゴールした。


そして、小橋は先日のさいたまクリテで引退した。







初めて一緒のレースを走ってから実に7年半。

長かったような、あっという間だったような。

ここには書ききれない、書けない事がたくさん。

同世代の中で尊敬出来る選手でした。

自転車に限らず、色々な分野で自分が興味をもった事に対して

とことん追求する姿には感銘を受けていました。

特にここ数年は、お互いペダリングに関して共通の悩みを持っていたので

情報交換もたくさんしました。

そんな小橋が、3年前に自分の実家に来たときは違和感が凄かった。

あの小橋が家にいる。

面白かったな。


しょうもない空想話もたくさんしました、それはこれから先もそうでしょう。笑

サカナクションの素晴らしさを教えてくれたのも小橋。




自転車選手の小橋とはお別れですが、これから先も新しい小橋との関係は

続いていくでしょう。

新たな夢を聞いた時は、なるほど小橋らしいと思った。



関東に来た時は連絡してね、俺も北海道行ってみたいな。








写真・シクロワイアード

2009年 全日本

写真・シクロワイアード

2010 ツール・ド・おきなわ